Knowledge


2018.02.15
燃焼イオンクロマトグラフィーによる有機化合物中の
ハロゲン及び硫黄の高速一斉分析
Web Site

長嶋 潜*1 出羽 好*2

自動燃焼・イオンクロマトグラフイー(IC)システムはオートサンプラー、試料燃焼炉、吸収ユニット及びICより構成されている。これまでに3種の機種を開発したが、本報では有機微量元素用システムに改良を加え、有機化合物中のハロゲン及び硫黄の高速一斉分析法を検討した。装置面では、キャリヤーガスをアルゴン(ヘリウム)・酸素混合ガスから清浄空気に切り替え、分析コストの低減化を図るとともに、燃焼とクロマト展開時間のスケジュールを調整し、連続測定における分析時間を大幅に短縮した。分析面では、4種ハロゲンと硫黄を含む標準試料(NAC-st4)を開発し、有機検量線法により計5元素(F,Cl,Br,I,S)の検量線は、相関係数(r2)0.999以上を示した。本法は高い感度を示すことから、微量(試料量:1.0~10mg)及びさらに超微量(0.l~1.0mg)試料に適用し、一時間当たり5~6検体を有機元素分析法の許容誤差内(0.3%)で処理することができた。

*1 株式会社ナックテクノサービス
*2 株式会社ヤナコ機器開発研究所

1. 緒 言

有機化合物の微量元素分析は、熱伝導度法による炭素・水素及び窒素の自動分析(以下CHN分析と略)が主流となり、コンピューター管理の進んだ今日では分析者の操作は試料のはかり取りのみで精密な分析が可能になっている。一方、他のヘテロ元素の精密な分析法も年々重要性を増すにつれ、新しい分析法、例えばイオンクロマトグラフイー(以下ICと略)によるハロゲン及び硫黄の分析にも多くの関心が寄せられている。これらのハロゲン・硫黄元素は、燃焼管中で試料を燃焼し、加熱銀の表面に捕捉する銀吸収法が1950年代から普及し1)、現在もなお日本薬局法2)にも収載されている酸素フラスコ燃焼法3)へと発展した。
しかし、定量に用いる測定手段と、試料を分解して無機態にする前処理手段とがうまく結び付かないため、自動化に対して大きな障害となっていた。1975年Smallら4)によってIC装置が開発されて以来、種々の技術及び応用に関する検討が行われ、今日では多くの無機イオンを同時に、かつ精度良く分析できるようになった。この方法は、有機微量元素分析の立場から見ると、これまで困難とされたハロゲンと硫黄の分離定量が可能となり、自動化の可能性は大きく前進した。
著者らは、このIC法に着目し、酸素フラスコ燃焼法とIC法とを組み合わせて、有機化合物中のハロゲン及び硫黄の単独あるいは一斉分析法を確立し、永年にわたり日常分析を行ってきた5)—7)
しか、酸素フラスコ燃焼法はフラスコを数多く備えれば一日の処理能力も高いが、多量のろ紙を用いるためろ紙中の塩素及び燃焼によって生じた炭酸水素イオンがクロマトグラムに影響を与える。
一方、古くから用いられている燃焼管内で有機試料を燃焼分解する燃焼管法は、前述の問題点はないが、検体の処理能力が低いといった難点がある。それらの状況を考慮し、1990年代にCHN自動分析に用いていた試料分解装置と、オートサンプラー並びにサプレッサー型IC装置を組み合わせて(以下燃焼・ICと略)、分析能率の向上と省力化を図ることを目的に、自動化に関する基礎検討を行い報告した8)
その後、会社を定年退職したのを機会に、小さな企業を設立してハロゲン及び硫黄の自動燃焼分析システムの開発研究を再開した。この10数年の間に、有機微量元素分析用・JIS対応型環境試料用及び高温燃焼有機・無機兼用型の3種ハロゲン及び硫黄自動燃焼システムを市場に提供した9)10)
そのうち、初期段階の2002年に開発した有機微量元素分析用システム11)については、その後今日に至るまでその折々に改良を重ねてきた。本報告では、有機微量元素分析用システムの改良に至る経緯とその成果について報告する。
これまで困難とされたヨウ素及び臭素と硫黄の分析では、同一吸収液による酸化・還元反応を実現し、併せて開発した4種ハロゲンと硫黄を含む標準試料を用いた有機検量線法により、5種元素の一斉分析法を確立した。次いで、ブランクとして生ずるキャリーオーバーの原因を突き止めてその低減化を行うとともに、低減化に伴い高感度測定が可能になったことから微量分析(1~10mg)とさらに超微量分析(0.1~1.0mg)の2段階試料に適用した。経済性の面では、支燃ガスをヘリウム(アルゴン)・酸素混合ガスから清浄空気に換えることにより大幅にコストダウンすることができた。燃焼とクロマト展開の迅速化により分析時間を大幅に短縮し、日標とした一時間当たり5~6検体の高速分析を実現した。

2. 実 験

2-1. 装置の構成
今回の測定に用いた自動燃焼ハロゲン及び硫黄分析システムの写真をに示す。同システムは、ヤナコ機器開発研究所にて製作した試料燃焼炉HNS-15型、吸収ユニットHSU-20型及びオートサンプラTHA-25型より構成されている。また、ICには東亜ディーケーケー製ICA-2000型を、試料のはかり取りはメトラーウルトラミクロ電子天びんUMX2型を用いた。
本システムの特徴は、炉体部に常時加熱される炉(950~1100℃ )と一時的に急速加熱できるフラッシュヒーターを組み合わせることで、純有機物のほかに幅広い試料に対応できるようにした。支燃ガスをヘリウム(アルゴン)・酸素系から清浄空気に換え、流量を1.0Lmin-1と高速流とした。燃焼管の出口側からも清浄空気を導入して燃焼管先端部に燃焼残留物が付着しないよう工夫することにより、キャリオーバーの低減化に努めた。IC及び燃焼システムの測定条件をに示す。

fig1table1

2-2. 試薬類
溶離液に用いる炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムは、和光純薬工業製JIS特級試葉をそれぞれ純水に溶解後、3.0mmolL-1 Na2CO3-2.0mmolL-1 NaHCO3溶液に調製した。吸収液には、純水又は2mmolL-1 Na2CO3-2.0mmolL-1 NaHCO3溶液に和光純薬工業製特級30%過酸化水素0.8mL及び同社製ヒドラジンー水和物0.1mLを加えて全量を2.0Lにした。吸収液は、その日ごとに新たに調製した。
検量線の作成は、イオンクロマトグラフイー通則(JIS K0127-2013)に規定された有機検量線法により行った。標準試料にはキシダ化学製の有機元素分析用標準試料の他に東京都立産業技術研究センターとナックテクノサービスの間で共同開発した多元素含有標準試料NAC-stl(C12H802NFCIBrS)、NAC-st2(C12H8O2NFBrIS)及びNAC-st4(C12H7O2NFCIBrIS)を用いた。NAC-st4は製造の過程で副反応物を生じ合成に難航したが、東京都立産業技術研究センターにて選択的な合成法に成功し、再結晶のみで高純度試薬が得られるようになった12)。3種類の標準試料の構造式をに示す。

2-3 分析操作法
通常の微量分析(1~10mg)だけでなく超微量分析(0.1~1.0mg)についても同一操作内で適用した。ハロゲン及び硫黄を複数あるいは単独に含む有機試料を白金またはセラミック製ボートにはかり取り、燃焼用オートサンプラーにセットする。試料は自動的にフラッシユヒーター部に導入され、燃焼時間は3~5分。吸収液の移し替え・分析カラムヘの導入・吸収瓶の洗浄及び次の吸収液の充てんを順次自動的に行う。この間に、並行してクロマトグラムの展開が行われ、有機化合物中の4種ハロゲンと硫黄より生成した計5種イオンが9分以内に順次溶出する。

3. 結果及び考察

3-1. 同一の吸収液による同時酸化還元
燃焼・IC法は、試料の燃焼分解により生じたガスを吸収液に吸収させ、ICにより測定する方法である。試料中のハロゲン(F,Cl,Br,I)や硫黄は燃焼によリハロゲン化物とハロゲンガスに、硫黄は硫酸と亜硫酸ガスになる。これまで、還元を要する臭素及びヨウ素と酸化を必要とする硫黄の同時分析は困難とされ、個別に測定されていた。そこで、吸収液に少量の過酸化水素(ここでは酸化剤として使用。H2O2-アルカリ性溶液では還元作用も示す)と抱水ヒドラジン(還元剤)を同時に添加し、同一吸収液中で酸化反応(SO32- → SO42-) と還元反応(Br2, I2 → Br, I) とを同時に行った。その結果、酸化・還元吸収液中でいずれの反応も化学量論的に進行することを確認した。なお、吸収液には、に示す少量の過酸化水素と抱水ヒドラジンを添加した水溶液又は2mM炭酸ナトリウム溶液を目的に合わせて適宜用いた。後述3・5に述べるように、臭素と硫黄を同時に含む試料では、2mM炭酸ナトリウム溶液が望ましい。酸化・還元吸収液の使用により、これまで永年の分析で困難とされた4種ハロゲンと硫黄の5種元素の一斉分析が可能になり、特許化することができた13)14)

table1

3-2. イオン種の分離条件
有機微量元素分析では、金属など特殊元素を含む試料のハロゲン・硫黄分析に燃焼助剤として酸化タングステン(WO3)が添加されている。酸化タングステンを添加すると燃焼過程で一部タングステン酸を生成し、その保持時間の付近に溶離する他のイオンの分離に影響を及ぼす。クロマトグラム上、陰イオン種の分離に及ぼすカラム温度の影響を検討した()。その結果、2価陰イオンでは温度上昇に伴う保持時間の変動は僅少であったが、一価のヨウ化物イオンでは吸熱反応により温度上昇に伴い保持時間は大きく減少した。カラム温度35℃ではSO42-, I及びWO42-イオンが適切な間隔で分離し、9分以内にすべてのイオン種は溶出し、燃焼助剤(WO3)の添加条件においても高速分離が可能であった。

fig3

3-3. キヤリーオーバーの低減化
燃焼・IC法の高速化及び超微量化を行う上で最も留意すべき点は、キャリヤーガスの汚染及びキャリーオーバー(前の試料が系内に一部残留)による影響が挙げられる。上流側では、洗浄瓶2個を用いてキャリヤーガス中の不純物を吸着及び洗浄により除去した。また、下流側の燃焼炉の排出口付近の管路に燃焼生成物が付着することにより、ベースラインが顕著に乱れることを具体的に突き止め、燃焼管部への吸着を防ぐためにニードル管の外側からも清浄空気を相当量導入する方法を採用した15)
キャリーオーバーの一斉試験に標準試料のNAC-st4を用いた。この方法によれば、F,Cl.Br.I及びSの計5元素のキャリーオーバー値を一回の測定により把握することが
できる。NAC-st4とキャリーオーバー測定時のクロマトグラムをに。試験結果をにそれぞれ示す。いずれの元素もNAC-st4測定直後のキャリーオーバー量は0.2%未満であった。

fig4table2

3-4. 検量線の作成
イオンクロマトグラフイー通則(JIS K0127-2013)では、新たに「有機化合物の燃焼前処理」なる項が追加され、無機検量線法と前述の有機検量線法の2法が収載されている。測定目的によっていずれかの方法を用いて検量線を作成し定量計算を行う。特に、有機微量元素分析の分野では、CHN分析に常用される有機標準試料検量線法との整合性を図る意味もあって、ハロゲン及び硫黄分析にも有機標準試料を段階的に燃焼させて検量線を作成する有機検量線法が多く採用されている。しかし、一元素ごとに対応する標準試料数回の測定が必要で、多くの元素を一斉分析するには時間と手間がかかる。NAC-st4では4種ハロゲンと硫黄計5元素を一つの化合物中に含み、それらを同時に分析できるため検量線の作成と各元素の分析時間を大幅に短縮できる。に示すようにNAC-st4の燃焼に伴う5種イオンの有機検量線は相関係数(r2) 0.999以上の良好な相関性を示している。

fig5

3-5. 硫黄含有試料中の臭素及びヨウ素の分析
有機化合物中の臭素の単独分析では特に問題ないが、硫黄と臭素を同時分析した場合、臭素の分析値は負になり正確性に欠けることが指摘されている16)。化合物中に臭素と硫黄を含むNAC-st1と臭素・硫黄及びヨウ素を含むNAC-st2及びNAC-st4について、元素分析用標準試料p-プロモアセトアニリドを標準にして臭素の分析を行った結果をに示す。本法では、3種化合物とも硫黄を含有しても正常な臭素含量を示した。問題が指摘された方法16)で好結果の得られなかった理由として、硫黄の燃焼に伴う酸性燃焼ガス中ではほとんどがBr2として存在し、またBr2は水に溶解しないため吸収液中で十分に還元されずにその一部が系外に揮散したためと考える。本法では、過酸化水素と併せてより強力な還元作用を示す抱水ヒドラジンを吸収液へ添加することはヨウ素の還元だけではなく、臭素の還元にも極めて有効手段となった。また、先にキャリーオーバーの低減化に有効であった先端からの清浄空気を導入する方法は、帯状となってほんの数秒間で吸収液に到達する燃焼ガスの希釈拡散に効果が認められた(Br2 → Br) 。以上、酸化・還元吸収液の使用並びに前述の先端から清浄空気を導入するガス希釈拡散法が、気相及び液相を通してSO2存在下のBr2 → Br還元反応に寄与している。一方、ヨウ素分析では、酸化・還元吸収液を用いることにより、硫黄の有無にかかわらず化学量論に基づく99%以上の定量的な回収率が得られた。

table3

3-6. 有機試料の分析結果
有機化合物中にフッ素・塩素・臭素・ヨウ素及び硫黄をそれぞれ単独あるいは同時に含む元素分析用標準試料について、超微量から微量の範囲で各々定量を行った。検量線の作成にNAC-st4を用いて測定した結果をに示す。
分析結果は、いずれのも有機元素分析の許容誤差(絶対値0.3%)以内で、良好に測定できることが分かった。

table4

4. 結 言

本報告に示す有機微量元素分析用システムは、製作後15年を経過するなかで様々な改良を加え、目的とする有機化合物中の4種ハロゲン及び硫黄計5元素の微量及び超微量高速一斉分析システムとして完成した。高い精度の要求される有機微量元素分析の分野にあって、受託依頼分析として受付ける様々な多岐にわたる試料の分析に連日活躍している。
有機微量元素分析は学会のなかでも歴史のある分野で、多くの先人達により1960年代にCHN自動分析装置の開発に着手。1980年代にはコンピューター技術の導入により完全自動化を達成し、今日では汎用的な分析機器として普及している。一方、ヘテロ元素の4種ハロゲン及び硫黄元素の完全自動化に関しては、1980~ 1990年代に著者だけでなく何人かの研究者が挑戦したが、前進は見られるものの現在に至ってもなお研究課題となっている。本報に示した一連の研究を通じて、主流のCHN分析と同様に、ヘテロ元素を一斉に、迅速に、比較的安いコストで、手軽にできるようになった点、意義深いものと考える。なお、有機化合物中のリン分析に関しては、完全な分析システムはまだ見られない。有機リンについても、前処理法と分析法を系統化しハロゲン・硫黄と同一操作での分析システムの開発が望まれる。

文 献

1) 日本分析化学会有機微量分析研究懇談会編:“有機微量定量分析”, p.383(1969),(南江堂).
2) 日本公定書協会編:“ 第17改正日本薬局方解説書”,B-188(2016).
3) W. Schoniger: Microchem. Acta, 1995, 123
4) H. Small, T.S. Stevens, W.C. Bauman: Anal. Chem., 47, 1801 (1975)
5) 長嶋 潜,窪山和男.小野菊繁:分析化学(Bunseki kagaku),38,37S(1989).
6) 長嶋 潜,折田昭三.窪山和男:分析化学(Bunseki kagaku),38,378(1989).
7) H. Nagashima, K. Nakamura, J. Chromatogr., 324, 498 (1985)
8) 長嶋 潜.岡本利光,出羽 好,服部隆俊:分析化学(Bunseki Kagaku), 49, 337 (2000)
9) 長嶋 潜.出羽 好,上野博志:ぶんせき(Bunseki), 2012, 465
10) 長嶋 潜,平野敏子:ぶんせき(Bunseki), 2014, 101.
11) 長嶋 潜,出羽 好,服部隆俊:第69回日本分析化学会有機微量分析研究懇談会講演
  要旨集. p. 24, (2002)
12) 上野博志,菊池有加,峯 英一,長嶋 潜:特許第5572459号(2013).
13) 長嶋 潜:特許 第5266440号(2013).
14) 長嶋 潜,出羽 好:特許 第5399795号(2013).
15) 長嶋 潜:第81回日本分析化学会有機微量分析研究懇談会講演
  要旨集. p. 6 (2014)
16) 平野敏子,坂田文恵:第80回日本分析化学会有機微量分析研究懇談会講演要旨集.
  p. 109 (2013)